佐野 夢果さん(さの ゆめか)。SFC環境情報学部2年、静岡県掛川市出身。1年生の春からインドネシア語を学び始め、現在で1年1ヶ月。学外では講演会の企画・主催やメディア出演にも取り組む。学内ではD&Iと社会福祉を学び、「車いす夢のデリバリー」など場づくりの活動にも関わっている。
〈写真左〉教科書、授業スライド、参考書、過去問──手元に置く道具たち。〈写真右〉マイ語キャンプにて、留学生との交流。
授業に集中する
毎回しっかりと授業に出席し、先生の話によく耳を傾ける。録音やノートに頼りすぎず、その場の説明を丸ごと受け取る構えが大切である。ことばの学習において、授業という場の密度は替えがたい。学びの基本は、ここに尽きるのである。
毎日、ことばに触れる
通学中や就寝前の時間を活用し、単語学習を欠かさず続ける。アプリひとつで十分である。短くとも、毎日続けることに価値がある。言語とは、触れれば触れるほど親しくなるものであり、離れると遠のいてしまうものでもあるからだ。
声に出してみる
文法を頭で理解するだけでは不十分である。実際に声を出し、何度も口に乗せてみること。発音の感覚、音の流れ、息の使い方──すべてが身体の記憶として積み重なる。ことばは頭ではなく、身体で覚えるものなのである。
人と文化に出会う
寮の先輩や留学生との会話、インドネシアのポップス、SNSで流れてくる現地の声──教科書の外には「生きたインドネシア」がある。その出会いが、学びをただの勉強から、ほんものの経験へと変えてくれるのである。
マイ語の魔法
SFCに「マイ語」旋風
「マイ・インドネシア語」──その名にときめいたのが、すべての始まりであった。SFC環境情報学部2年・佐野夢果さん、インドネシア語を学び始めて1年1ヶ月になる。きっかけは、同じくこの言語を学ぶ素敵な先輩との出会いだったという。淡々と積み重ねられる日々の中に、ひとりの学生が見つけた「ことばの魔法」がある。インドネシア語は2億7000万人の母語であり、東南アジアの共通語でもある。それを自ら選び、愛し続ける佐野さんの姿に、言語を学ぶことの純粋な喜びを見る思いがする。
Q数ある外国語の中から、なぜ「マイ語」を選ばれたのですか。
Aマイ語を学ぶ素敵な先輩との出会いがきっかけであった。言語ガイダンスやマイ語研究室のSNS発信を見て、純粋にわくわくしてしまったのである。その高揚感のまま、迷わず履修を決めた。
Q「集中的に学ぶ」とは、具体的にどのような日々ですか。
A1日1時間以上は勉強するようにしている。通学中や夜の時間に、教科書や過去問と向き合う日々である。単語学習だけは、毎日欠かさない。習慣がことばを育てると、今は確信している。
Q学んでいて、一番ときめいた瞬間はいつですか。
A寮のインドネシア人の先輩や、マイ語キャンプで出会った留学生と話す瞬間である。教科書のことばが、生きた声となって返ってくる。その瞬間、学んでいてよかったと心から思えるのである。
Qインドネシア語の「難しさ」と「面白さ」を教えてください。
A語順が日本語とも英語とも異なるため、最初はとまどった。しかし接頭辞・接尾辞の規則がわかると、知らない単語の意味が推測できるようになる。そこが面白くてたまらないのである。
Q音楽もインドネシア語学習に活かしているそうですね。
Aインドネシアのポップスをよく聴いている。歌詞を追いながら意味を調べると、自然とリスニング力が伸びる感覚がある。ことばは耳から入ってくるものだと、あらためて実感している。
QSFCという環境は、語学学習にとってどんな場所ですか。
A留学生が多く、キャンパスの中にインドネシアがある、という感覚である。食堂でインドネシア語が聞こえてくることもあり、教室の外もまるごと学びの場になっている。これはSFCならではだと思っている。
QD&Iの活動と言語学習は、どこかつながっていますか。
A大いにつながっていると感じている。相手のことばで話そうとすること自体が、相手を尊重するという意思表明であるからだ。インドネシア語を学ぶことは、インクルージョンの実践でもあると考えている。
Qこれから、マイ語を使って何をしたいですか。
Aまずは今年の夏、インドネシアへ行きたい。各地を回り、現地の大学生と話してみたい。将来は福祉の現地調査をインドネシア語でおこない、ことばが橋をかける瞬間を自分の手でつくりたいと思っている。
SFC2年生・本紙取材担当のMughni Aliが、同じ時代を学ぶ友人として佐野さんに聞いた。撮影:藤沢キャンパス。
「インドネシア語は学びやすくて、
とても楽しい言語。
学ぶことで、世界が広がる。」
── Yumeka Sano
Profile · 佐野夢果